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Connection/ゆかりの地

【村松公園】

村松公園は、日露戦争の戦勝記念公園として整備されました。約3000本の桜が非常に有名で、桜の名所百選にも選ばれています。

池を上から見ると「セイロ」(ロシアを成敗の意)の形に、現在は「ヘイセイ」(平成)の形に造成されています。

村松公園には「ヤクシカ」が飼育されており、餌付けも出来る。その近くに忠犬タマ公像は佇んでいます。

お花見時期(4月中旬頃)には、桜に囲まれたタマ公を見ることが出来ます。

タマ公像の隣には石碑が建立されています。

揮毫は「内閣総理大臣 小泉純一郎」となっています。タマ公が取り持ってくれた横須賀とのご縁が、災害時における相互応援に関する協定を結ぶに至りました。

【旧川内小学校と愛宕小学校】

現在は統廃合で閉校した旧川内小学校。

タマ公生誕の地に最も近い小学校であり、戦時中「タマ公が人を傷つける砲弾にされるのは可哀想だ」との子供達の意を組み、学校敷地内に隠されたという話は、タマ公死後の美談として語られています。

旧川内小学校で隠されていたタマ公像は、現在愛宕小学校敷地の一角にあります。村松公園と同じく、こちらにも小泉純一郎元首相の揮毫した石碑が立ちます。

この銅像は、戦前からあるオリジナルのものであり、最もタマ公に近いのではと言われています。

​銅像のそばには「村松兵営営門跡」があります。

営門の「門柱」と、復元された「歩哨舎」があり、旧村松町には歩兵第30連隊が設置された軍都であったなごりからこの市街地からここに続く道を「営所通り」と呼んでいました。

【墓碑】

村松高校前にある「心づくし会」には、タマ公資料館があり、タマ公に関する貴重な資料が展示保管されています。

​余談ですが村松高校の校門は、国指定の有形文化財で、レンガが「イギリス積」と「フランス積」の異なる2つの積み方で建てられた珍しい門です。

子供達の心の教育に相応しいと建てられたタマ公像。

​心なしか可愛らしい表情のタマ公です。

小さなタマ公のお墓があります。

​川内地区より移設されたこの墓碑には、タマ公が静かに眠っています。

【新潟駅と白山公園】

新潟駅の駅南口に設置されているタマ公像。

毎日、通勤通学の様子を見守っているかのように佇むこの銅像は、上越新幹線開業の年が戌年だったことと、タマ公が雪の中をかき分けて走る様子が相応しいと設置された。

毎年、課外授業の一環で、愛宕小学校の児童さん達が銅像の清掃にやって来ることでも有名。タマ公の様に、諦めない心を育んで欲しい。

民話でその昔、五泉市の霊峰白山で暴れていた大蛇が、慈光寺の高僧に退治され、山を下り息絶えた場所がここと言われています。

​初詣には多くの参拝客が訪れるこの神社にも、タマ公像が建てられています。

白山公園のタマ公像は戦時中、銅の強制供出にて消失したため現在は2代目。戦後最初に作られた銅像です。

「尻尾が丸まっている」のが特徴のこの銅像は、新潟市民らの支援により昭和34年、皇太子明仁親王と美智子さまのご成婚を記念して建立されました。

【横須賀市衣笠】

衣笠山公園は、神奈川県内屈指の桜の名所。2000本の桜の元、タマ公像が佇んでます。

2017年3月23日(平成29年)、6体目のタマ公像は友好の証として五泉市が交流の証しとして横須賀市衣笠山公園に「タマ公像」を寄贈されました。

脇に建立された石碑の揮毫は「小泉進次郎」氏によるもの。

忠犬タマ公像除幕式の様子。除幕式には、横須賀市立衣笠小学校を卒業したばかりの児童約60人が駆けつけた。

【ラポルテ五泉】

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五泉市の複合施設「ラポルテ五泉」の開館(2021年(令和3年)10月2日)に合わせて「五泉美術同好会」様より7体目のタマ公像が敷地内に建立されました。

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タマ公の功績が書かれた看板と一緒に鎮座しています。親しまれやすい低い位置にあります。

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忠犬タマ公像は、生まれ育った川内の山々を見守るように、その方角を向いています。

【胎内市笹口浜】

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胎内市にタマ公の「石像」が存在するとの胎内市の広報記事。

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